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GENERAL コース / ZAへ留学した理由

正直に述べると出発する前後も、当初の帰国便がキャンセルになった時点でさえも私は楽天的だった。「コロナがすごいけど留学中は大丈夫だろう」「5月かも分からないがいつかは帰れる」この思考が悪かったとは思わない。実際延長してからも前向きに考え、常に余裕を持って過ごせていたと思う。自己研鑽に励み、当初の3週間では出来なかったことも出来た。ただやはり先の見通しが甘く家族や友人、関係者に余計な心配をかけたことは反省すべき点である。
予定の倍以上の期間を海外で、更に緊急事態の最中に過ごすこととなった今回のセブ島語学研修。何とか日本に帰ってきて今思うことは「もう一度ZAに行きたい」だ。セブでの暮らしに慣れ、人々の温かさに触れて。帰国前夜、思いのほか自分がそこでの暮らしを気に入っていたことに気が付いた。日本に着いてからも度々フィリピンのことを考えてしまう。コロナウィルスの影響がいつまで続くのかは本当に分からないが、落ち着いたのち再び留学に行きたい。心からそう思える素晴らしい経験だった。

ZAへ留学した理由

私がここへの留学を決めたのには3つほど理由がある。1つ目は日本から近く物価などから留学の費用が安いこと。経営者が日本人であることなどから安心性が高いこと。3つ目はマンツーマンの授業が多くあることだ。そもそも私は英語技能の内Speakingが特に苦手だ。英語に限らず人と話すことが不得手で、慣れない言語ならなおさら言葉が出てこないのである。しかし反対にネイティブの人と楽しく会話することへの憧れもあり、何とか改善できないかと思っていた。そのための最善策は自分で話さざるを得ない状況に身を置くことであり、すなわち留学するべきだと至った。マンツーマンならば話さなければ授業が進まず、他に人がいないため気恥ずかしさも少ない。さらに先生方はみな歳が近いと聞いていたので楽に話せる。これらの事柄が決め手となった。

授業体系について

授業体系は平日のみ50分授業を8コマ。基本は自分と先生のマンツーマン授業を4コマと4~8人のグループ授業を4コマになっているが、希望に沿った授業へ変更することも可能だ。またグループ授業も時期によって人数の変動や人の入れ替わりが激しいので、短期間で多くの人と接することが出来る。ZAに入校すると最初の平日にエントランステストを受け、その結果をもとにレベル分けが行われる。私たちが普段、大学等で受けているTOEIC IPテストはReadingとListeningのみだが、ここではWritingとSpeakingも受ける。Speakingは実際の先生方と対面し、質問に答えたり自分の意見を述べたりする形だ。

実際、マンツーマン授業に限らずZAでの学習は成功であった。授業が始まっても不安がぬぐえず緊張したままの私に、先生方は優しく丁寧に接してくれた。なかなか言葉が出てこない時は急かさずに待っていてくれ、やっと出た私の拙い英語から言いたいことをくみ取り、正しい単語や文章に直して伝えてくれた。どうしても分からない時などは言いたいことを説明させ、先生が把握したうえで「~とも言える」「この言葉も使える」というふうに簡単な言い換えの練習につなげてくれた。またマンツーマンの時は初回の授業を自己紹介やお互いを知る時間に使い、毎時間の始めに世間話から入る。やはり先生たちはみな若く、初めからとても気楽に話せたことに加えて洋画や洋曲だけでなく、日本のアニメや漫画が好きな人も多くいた。共通の作品がなくともオススメを教えあったり面白さや良さを伝えたりするなど、世間話が盛り上がってしまい1コマをおしゃべりで終えてしまうことも珍しくなかった。

前述のように当初の私は英語が言葉にならず、上手く話すことが出来なかった。元々の苦手意識に加えて緊張から考えがまとまらず、間違いやおかしな英語を言ってしまう不安から簡単な単語さえ出ない始末だった。そんな私に先生方は何度も”Don’t be shy. Be confident.”と声を掛けてくれた。先生方はこちらの間違いを気にしていない。なぜなら、彼らは私たちが上手く英語を話せないことも、英語を学びに来ているということも理解しているからだ。至極当たり前のことなのだが、このことに気が付いてから私の中の不安や恥ずかしさが薄れていった。言いたくとも分からないことは分かる単語でたどたどしく口にし、グループ授業でも積極的に発言するようになった。たったの2週間程で自分でも自覚するくらい会話が上達していた。

オリジナルツアーに参加してみて

勉強面以外も満足の3週間だった。初めの週にCity Tourへ参加、セブ市周辺の観光名所を巡った。サンペドロ要塞ではフィリピンやセブ島の歴史を学び、サント・ニーニョ教会では宗教の一端に触れ、SMシーサイドモールでは現地の嗜好や生活感を知る。シラオガーデンでは現代的なモニュメントや色とりどりの植物と写真を撮り、トップ・オブ・セブからはこれから約3週間を過ごす街並みを見渡した。City Tourだけではなく毎週末には滞在先付近のショッピングモールやアクティビティを巡り、休日も休む暇がないほど充実した毎日だった。
 
楽しいことばかりの留学であったが常に心配事が付きまとった。コロナウィルスの猛威である。セブに向けて出発前からその影を落としていたが、3月前半までフィリピン国内での現地人感染者は0であった。しかし事態は徐々に悪化。日に日に首都マニラを中心に感染者が増え、2週目の終わりには政府の対策が始まった。語学学校を含むすべての学校に休校が命じられ、門限が定められ夜間の外出が取り締まられるようになると、夜にパトカーのサイレンを聞くことが増えた。門限は少しずつ早まり、外出時の規則や制限も生まれた。

しかし一番の問題が帰国便に関してだった。政府のコロナ対策に伴い航空会社が全便運休を決定し、当初の帰国日である3月21日に帰れなくなってしまったのだ。マニラにある空港からなら日本の航空会社が便を飛ばしているが、移動制限がなされており行くことが出来ない。一先ず運行再開予定の初日の便に買い替えたが、延期も十分ありうる。ZAでは滞在期間と授業を無料で延長してくださり、大学でも対応を続けてもらったが不安はぬぐえなかった。
そのような状況でいち早く救いの手を差し伸べてくれたのが現地日本人によるボランティア団体、セブ日本人会である。私たちに限らず多くの日本人がセブ島に取り残されている状況で、そんな人々を帰国させるため航空会社に交渉を重ね、チャーター便の手配をしてくれたのだ。
チャーター便の料金の高さから初めの数回は利用を見送った私だが、最終的にはこの便によって帰国することが叶った。一度はチャーター便の運航も終了したのだが、それでもまだ多くの日本人が残っていることから再度手配してくれた。私たちが帰国を果たすまでに沢山の方々が尽力してくださり、ただひたすら感謝するばかりだ。

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